世界のスポーツモデルに多大なる影響を与えた「ジャガーEタイプ」からバトンを受け継ぎ、1975年に登場したスポーツクーペが「XJ-S」です。Eタイプを手掛けたマルコム・セイヤーズのアイディアを元に、ロングノーズとオーバーハングを持つ低く伸びやかなデザインでジャガースタイルの不文律を継承しています。Eタイプからキャリーオーバーした5.3ℓV12のエンジン(スペックも272psから285psに※欧州仕様)など、正統後継車種を名乗るにふさわしい要素が盛り込まれていましたが、XJ-Sのキャラクターは、セダンのXJのホイールベースを切り詰めたクーペバージョンという立ち位置で、専用チューニングは施されていたものの、スポーツカーというよりも高級グランツーリズモ的な方向性で仕立てられていました。

そのため、当初はマーケットであまり好意的に受け入れられなかったそうですが、改良を繰り返されながら、1996年まで21年間も生産された(ジャガー社の経営状況悪化の影響もある)ことを考えると、そのキャラクター設定は間違いではなかったといえるでしょう。

とはいえ、ジャガーのスポーツカーを望む声は少なくなく、そうした熱狂的なファンに向けて1989年にベールを脱いだのが、ヨーロッパツーリングカー選手権やグループCレースなどにジャガーで参戦していたレース界の名門TWR（トム・ウォーキンショー・レーシング）とタッグを組んで誕生した「ジャガースポーツ」謹製モデルのXJR-S6.0でした。

控えめなエアロパーツと、メッキパートを一部廃しブラックアウトされたフロントマスクといった程度がルックスの違いでしたが、コスワースの手によりチューニング、排気量アップされた6ℓV12エンジン(318ps、日本仕様325ps)、グループCマシンからそっくり技術移植されたザイテック製シーケンシャルインジェクション、専用のビルシュタインサスペンション＆スタビライザーなどが組み込まれていたのみならず、3速ATの変速最適化、パワーステアリングのアシスト量変更など、TWRの工場で細部にわたり、スペシャルチューンが施されていました。見た目の変更はXJ-Sから最小限で、中身はレーシングチームが手掛けた本格派、XJR-Sはまさに英国版「羊の皮を被った狼」といったところでしょうか。

ちなみに日本には1993年モデルのみ、正規輸入されています。

取材車両は1993年式のアメリカ仕様です。日本と同様にこの年式のみ、100台限定で正規に輸入（米国）され、カラーはジェットブラックとシグナルレッドの2色のみでした。日本にはないコンバーチブルの用意もありました(割り当ては各25台)。また、シフトノブ前方にイギリス王室御用達のラグジュアリーブランドである「Asprey of London」が製造した手彫りの純銀製シリアルプレートが装着されたのがアメリカ仕様の特徴で、このクルマには98台目を表す刻印が施されています。5マイルバンパーが組み込まれたスタイルは、ある意味欧州仕様よりも迫力あるスタイリングといえるでしょう。

新車登録されたのはアメリカのハワイ。当時のナンバーもトランク内に残されていました。そして、1996年、オーナーが日本帰国の際に持ち帰ることを決断。それほどXJR-Sに惚れこんでいたようです。その後、複数オーナーを経て、現オーナーは関西における英国車のスペシャルショップ「ブリテッシュモータース」から譲り受けたそうです。市場では敬遠されがちな中古並行車両ですが、歴代オーナーからの寵愛を受けてきたようで、室内保管されてきたことがうかがい知れる上等なボディコンディションであるうえ、2016年にコーティングを受けてさらに艶やかに、インテリアも多少使用感はあるものの各部は上質な状態が保たれています。とはいえ、4.8ｍを超える大型ボディの四隅には凹みや傷があり、助手席側のCピラーには色むら、コノリーレザーの中でも最上級となるオートラックスが採用されたシートにもサイドサポート部に若干のヘタリや擦れ傷などが見受けられます。26年間走り続けてきた証でもあるのですが……。

内外装を含めて改造されている箇所はなく、オリジナル状態をキープ。TWRチューンのV12エンジンはドライバーズキーをひねるだけで、即目を覚まし、メカニカルノイズも控えめで、コンディションの良さを感じさせてくれます。

定期的な点検＆整備のみで、普段の足として使用しても十分耐えうると思われます。レーシングコンストラクターが手掛けた数少ないスペシャルモデルであることから今後、コレクタブルカーとしての価値が高まる可能性も高く、相場が落ち着いている今が狙い目かもしれません。