メルセデス・ベンツのクルマ達がハードウェアとして優れた存在であるというのは世の定説ですが、実は車齢を重ねるにつれてどんどんエレガンスを色濃くしていくようなところがあるということも、クルマ好きの間では知られているお話です。例えば1980年代のバブルの時代には威圧的にすら思えていたW126型のSクラスが昨今ではちょっとエレガントに感じられるようになってきた、という声が増えてきてる辺りは、その一例といえるでしょう。
そうした車齢を重ねたメルセデスの中で多くの人がエレガントなモデルの筆頭に掲げるのが、“タテ目のSL”ことW113型の2代目SLでしょう。モータースポーツを出自としたスポーツ色も強い300SLより、その普及版的な立ち位置にあり、日常からちょっとしたスポーツドライビングまでを無理なくまかなえる190SLの基本思想を発展させたような、極めて上質なオープン・モデルです。
デビューは1963年のジュネーヴ・モーターショー。初代の300SLと190SLが様々な曲線の組み合わせで構成されたスタイリングであったのに対し、2代目のW113型は柔らかい直線を基調に微妙な曲線を加えたようなシンプルなデザインを持って登場しました。これは300SLのデザインをまとめ、当時のダイムラー・ベンツのデザイン部門のトップであったフリードリッヒ・ガイガーの指揮のもと、フランス人デザイナーのポール・ブラックが手掛けたものでした。
イタリア人デザイナー達ほど話題にはのぼりませんが、ブラックはいわゆる“タテ目”のモデルのほとんどに関わったほか、後にフランスに戻り初期の頃のTGVの試作車のデザインに関わったり、再びドイツへ渡りBMWで“世界一美しいクーペ”と呼ばれる初代6シリーズを手掛けたり、後のM1や初代8シリーズのスタイリングのヒントとなった“ターボX1”コンセプトをデザインするなど、優れたデザイナーでした。W113の特徴のひとつといえる脱着式のハードトップ、通称“パゴタ・ルーフ”も彼の作品。アーティスティックな感性を持っていたブラックは、端に向かって反り上がっていく“軒反り”という仏教建築の技法を、ハードトップに盛り込んだのです。パッと見でW113のスタイリングに惹き付けられるのは、細部にまでデザイナーの美意識が行き届いているからなのでしょう。稀にソフトトップを開け放っているロードスター姿のW113を見ることもあって、それはそれで魅力的なものですが、ほとんどの個体がパゴダ・ルーフを取り付けたクーペの姿であるのも頷けます。脱着にはふたりの手が必要になる超がつくほどのアナログ式ですが、ロードスターとしてもクーペとしても美しさを全うできる辺り、1960年代風ロードスター・クーペといってもいいかも知れませんね。
W113は、1963年のデビューから1971年に3代目のR107型へ代替わりするまで、ずっと直列6気筒SOHCエンジンを搭載していましたが、当初は150psに196Nmの2306ccを積む230SLとしてデビューし、1966年には150psと216Nmの2496ccを搭載する250SLへと進化、そして1967年には170psと240Nmの2778ccとなる最終進化形、280SLへと発展します。
2年ほど前に知人の280SLを走らせたことがあるのですが、現代の路上でも全く不足を感じることなく当たり前のように走れてしまうこと、もはや速い部類だとはいえないけど直6エンジンが滑らかに吹け上がって気持ちよかったこと、さらには第2次世界大戦の前後を通じてメルセデスのレーシングカーを手掛けた“走れるエンジニア”、ルドルフ・ウーレンハウトが開発に関与しただけあってハンドリングが相当によく、コーナーでは想像以上の速さを見せてくれたことなどに、たっぷりと驚かされたものでした。
280SLはW113のトリを務めるモデルであり、エンジンも最も力強いこともあって、シリーズの中でも最も人気の高いモデルです。また、もう2度と生まれてくることのないだろう全長4825mm、全幅1760mというコンパクトなサイズと徹頭徹尾エレガントな雰囲気の組み合わせは、極めて魅力的です。クラシックカー・バブルのおかげでその相場は見る見るうちに上昇を見せましたが、その価値が下がることはおそらくないだろう、といわれています。
嶋田智之の、この個体ここに注目! |
現オーナーの御自宅にこの280SLがやってきたのは、およそ15年前のこと。クルマ好きというよりメルセデス好きで30年以上にもわたって様々なモデルを乗り継いできた現オーナーのお父上が、“タテ目”系メルセデス専門店で購入なさったのだそうです。
といっても、在庫のクルマをそのまま買ってきたわけではありません。元はブラックのUS仕様だったようですが、ボディやインテリアをレストレーションすると同時に、外装を白、内装と幌を紺へと衣替え、ディテールを本国仕様へと戻し、機関にもひととおり手を入れて……と、ほとんどセミオーダーのようなかたちで組み上げてもらった個体です。
その作業内容の詳細は、8年前にお父上が亡くなってしまったため、わかりません。記録簿などの書類もありません。けれどこの280SLは、素晴らしく良好なコンディションを保っています。理由はお父上が亡くなった後にこのクルマを管理している息子さん、つまり現オーナーがお父上を越えるクルマ好きであり、自動車趣味人として相当な知識と経験とネットワークをお持ちだからです。
例えばメカニカルな部分でいうなら、足周りや駆動系、パワステはオーバーホール済み、メーターも修理して、エアコンのコンプレッサーもサンデン製へと変更するなど、常に“使おうと思えば普通に足に使える”ことを前提に、走らせたりメンテナンスに出したりしてコンディションをキープしています。ボディが艶を保ち、メッキ部分にもくすみらしいくすみが見られないのは、出先で不意に降られたことを除けば、雨の日に乗って出るようなことをしていないから。もちろん常にガレージ保管で、細かな部分まで掃除も行き届いている様子でした。
ウィークポイントが皆無というわけではありません。フロント右側とリア左のバンパーにはお父上の時代にできた小さな凹みがありますし、フロントグリルの下側などに幾つかの跳ね石の小傷はあります。左のフロントホイールには僅かな擦過傷がありますし、フロントの牽引フックには塗装の剥げが見られます。インテリアではドライバーズシートに浅いけど擦れがありますし、ステアリングパッドにも小さなひび割れが入っています。
ハードトップは現オーナーが管理するようになってから手に入れたもので、ボディと同じ塗料でペイントされてるものの当時と同じクリアを使うことができず、パッと見では全く気づきませんが光の加減によっては微かに色の濃度が異なるようにも見えます。とはいえ、それも現オーナーにいわれて初めて“いわれてみれば……”と感じた程度。
また今回は外での撮影で、外した後に地面に置いて小傷がつくことを僕達が恐れたため、ハードトップを外して幌の状態をチェックすることをしませんでしたが、現オーナーによれば“クリアな部分は綺麗だけど布地の部分に修繕の跡があるから、あんまり状態がいいとはいえませんね”ということでした。
けれど、逆にいえばその程度。“ときどき本当にアシとして乗ってますよ”という使われ方がされているクルマにしては、抜群にいい状態にあることは間違いありません。動的な部分についても“うちに来てから今が最も調子がいいと思います”とのことで、この日も難なく始動するのはもちろん、撮影場所までの移動の間も素晴らしくスムーズに走っている様子が見受けられました。
タイヤは昔の純正と同じというミシュランMXV-Pの185R14がほぼ新品の状態。ラッパーズの専用ボディカバー、ハードトップを手に入れたときにオマケでもらったフロントバンパーのスペア、革製ヘッドレスト、どこの部位用か判らないウエザーストリップ、オープン時の巻き込み防止用スクリーン、ハードトップを取り外すときに使う社外品のチェーンブロック用キャリアをつけてくださるそうです。
ここでコストダウンしてるよね? というところが一切見当たらない、まさしく“最善か無か”がリアルに反映されていた時代に生まれた、ロードスターとしてもクーペとしても楽しむことができる優雅なモデル。現オーナーのように、思い立ったときにサッと走り出せるような乗り方に、憧れちゃいますね。
年式 | 1969年 |
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初年度 | 1991年 |
排気量 | 2,778cc |
走行距離 | |
ミッション | 4AT |
ハンドル | 左 |
カラー | ホワイト |
シャーシーNo | 11304412011182 |
エンジンNo | |
車検 | 2022年4月 |
出品地域 | 神奈川県 |
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