“イル・モストロ”。英語で言えば、“ザ・モンスター”。怪物、ですね。その印象深い姿と高い性能から、1989年のジュネーブでデビューしたアルファロメオのショーカー「ES-30」(エクスペリメンタル・スポーツ・3.0リットル)には、たちまちそんなユニークなニックネームがメディアによって与えられたのです。アルファロメオに付けられた愛称としては、異例におどろおどろしい。それだけ、このクルマのスタイリングはユニークなものであったということです。当時も、そして、今も。
アルファロメオS.Z.(スプリント・ザガート)、そして、そのオープン版であるR.Z.(ロードスター・ザガート)を知るためには、まず、当時、苦境にあったアルファロメオ、という背景を語らなければなりません。
戦後に国有企業体の傘下となっていたとはいえ、事実上、戦前からの国有企業気質を引き継いできたアルファロメオが、現在まで続くフィアットグループ傘下に入ったのは1986年のこと。世のクルマ好きは、フィアットによる新生アルファロメオを注意深く見守っていました。マイナスイメージからの脱却にはいつの時代でもスーパースターが待望される。このときもそうで、フィアットは復活の狼煙(のろし)となるようなスポーツカー計画を立てたのです。
その計画は、こうでした。フィアットとの車体共通化を進めるにあたって、この先使わなくなる75用のトランスアクスルFRを流用した、限定生産のスポーツカーを造る。ついては、そのデザイン案を、ザガートとアルファロメオ社内デザイン、そしてフィアット社内デザインの3者に依頼し、コンペとしたのです。
多くのアルファファンがご存知のとおり、コンペで採用されたのは、なんとフィアット社内デザインチームの作品でした。マリオ・マイオリとロベール・オプロンによる奇抜なスタイリングを、いろんな意味で(つまり政治的にも)、アルファの新経営陣であるフィアットのトップは選んだのです。ちなみに、ロベール・オプロンはフランス人のデザイナーで、シトロエンSMやアルピーヌA310、ルノー・フェーゴを担当した、といえば、S.Z.のユニークさの源泉も理解できることでしょう。
その後、S.Z.の内外装デザインは、アントニオ・カステラーナにより、CADを使って早急にまとめられることになりますが、ザガートが関わったのは前後意匠の手直しのみという限定的なものでした。では、なぜ車名はもちろんのこと、ザガートのエンブレムも残されたのか。
もちろん、SZという名前がすでにアルファロメオの歴史的なスポーツカーを代表していた、という事実もあります。加えて、S.Z.の組立てがミラノ郊外の街ローにあるザガートの工場にて行なわれたことも大きい。デザインはザガートではないけれども、れっきとしたザガート製のアルファロメオだった、というわけですね。
S.Z.は限定千台と発表され、実際に89年から91年にかけて、プロトタイプを含め1036台がザガートのファクトリーをあとにした、と言われています。
一方、S.Z.のロードスター化においては、ザガートが大いに関わることになりました。もっとも、ザガートが当初提案したのは、S.Z.とはまるで違って、優しい曲線を強調した優雅なロードスターだった。結果的に、R.Z.と名付けられたロードスター版は、S.Z.から特徴的なブラックルーフを取り払っただけのようにも見えますが、その実、500カ所ものパーツが異なるという手の入りようで、そこにザガートのカロッツェリアとしての意地をみた、と言っていいでしょう。S.Z.の好調な販売に気を良くしたフィアット経営陣が、気前よく改良を認めた、なんてこともあったのかも知れません。
ところが、既に好景気は去っていました。R.Z.の生産台数は、限定数350台に対して、92年から93年にかけてわずか278台に留まります。そういう意味では、R.Z.の希少性は、S.Z.の4倍。狙い目の一台と言えるでしょう。
ちなみに、S.Z.のボディカラーはレッドのみでしたが、R.Z.ではレッド、イエロー、ブラックが用意され、ごく少数のシルバーとメタリックホワイトが存在すると言われています。
西川淳の、この個体ここに注目! |
素晴らしいコンディションに保たれた、イエローのR.Z.を見た途端、90年代にハコネで試乗した記憶が蘇ってきました。とにかく、ハンドリングが楽しいのと、V6エンジンの吹けが素晴らしかったという記憶があります。身をよじって曲がっていくという、ドイツ車とはまるで違う曲がりっぷりに、これぞイタリア車だ!と思ったもの。ボディ剛性という言葉をハナで笑うかのようなハンドリングは、今だからこそきっと、もっと楽しいものに違いない。今ではイタリア車だって、ボディ剛性、ちゃんとしていますから。グローバルスタンダード。
これまで多くのS.Z.とR.Z.を見てきましたが、ファイバー製ボディの経年劣化が甚だしい個体が多かった。パネルは波打っていたり、ペイントが薄くなってしまっていたり。見るに耐えないコンディションの個体も多い。最近でこそ、世のクラシックカーブームに乗って、少しはキレイになっていますが、ちょっと前までは取引相場も安く、放ったらかしにされていた個体も多かったのです。
その点、このイエローのコンディションは、新車時を思い出させてくれたほどに、抜群です。オドメーターの7500キロも実走でしょう。エンブレムやプラスチックレンズ、ホイールは完璧。コンディションキープに神経質なオーナーのもと、ウィンドウ回りのゴムも良好な状態を保っていますし、インテリアなんて、新車のよう。わずかにシフトノブに使用感があるのみ、です。
気になった点は、フロントカウル縁の小さなタッチペイント補修と、ボディ同色トノカバーのペイントひび、右ウィンカーレンズの割れ、程度。フロントウィンドウ縁のボンド滲みもありますが、これは仕方ない。逆に言うと、それ以外に、文句をつけるところがなかった。
シリアル番号は206。撮影のため動かした限りでは、エンジンの軽い吹けが印象的で、車高調整もばっちり作動していました。純正の取扱説明書(ルーフを開けるためにしばらく必須でしょう)、専用車検証ケース、さらにはタイヤ交換時に収納するバッグも残っていました。
貴重なR.Z.の低走行車。さすがにこの距離の個体を探すのは、世界的に見ても相当に難しい。コレクションに加えるチャンスでしょう。
年式 | 1993年 |
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初年度 | |
排気量 | 2,959cc |
走行距離 | 7,500km |
ミッション | 5MT |
ハンドル | 左 |
カラー | イエロー |
シャーシーNo | 27012491 |
エンジンNo | 061501 |
車検 | |
出品地域 | 群馬県 |
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