ポルシェ911は以前からよく“長寿モデル”だとか“基本設計を変えないままウン十年”のような言い方をされることが多いモデルです。それはある意味では正しいけれど、ある意味では首を縦に振るのに躊躇を感じてしまいます。911、だいぶ変わっています。最も初期のタイプ901の1965年モデルと最新のタイプ992では、水平対向6気筒エンジンとRRレイアウトを採用してることぐらいしか共通項はないのでは? なんて思えてしまうほど。911の歴史は進化と改良の繰り返しによって培われてきてるのです。
長い歴史の中で、大きな変化も何度となくありました。そのため、911と聞いて最初に頭に思い浮かべるモデルが世代ごとに異なっていたりするのも、“らしい”といえるエピソードのひとつです。わが国で“ポルシェ”の名前が一般の人達の間にまで爆発的に広まったのは1970年代半ばからのスーパーカー・ブームがきっかけだったと考えられますが、まさにそのブームの洗礼を受けた世代にとって最も馴染み深いのが、1974年モデルから1989年モデルまでの、911としての第2世代にあたるモデルでしょう。
マニアの間では“Gモデル”とも呼ばれるこの第2世代の最大の特徴は、北米の安全基準に適合させるための5マイル・バンパーを備えていること。そのため“ビッグ・バンパー”と呼称されることも多いです。ビッグ・バンパー時代のスタンダードな911は、おおまかに3つのジェネレーションに分けることができて、それぞれ1974年モデルから1977年モデルまでのいわゆる“2.7”、1978年モデルから1983年モデルまでの“SC”、1984年モデルから1989年モデルまでの“カレラ”と呼ばれていますが、それらの分類は主として搭載エンジンの排気量によるもの。2.7はもちろん2.7リッター、SCは3.0リッター、カレラは3.2リッターです。また2.7までは型式がナローの時代からのタイプ901のままですが、SC以降はタイプ930となります。ビッグ・バンパー時代の911全体を指して“930”と総称する人もおられますが、正式にはSCとカレラが“930”なのです。
いうまでもなく、ビッグ・バンパー時代の最も高性能なモデルは、1984年モデルからのカレラです。φ95.0×74.4mmのボア×ストロークによる3164ccエンジンは本国仕様では231psを発揮、0-96mph加速タイム5.4秒、最高速度245km/h。パワーが1973年のカレラRSを越えたことから、それまではレーシング・モデルやそのベースとなるモデルにのみ与えられていた“カレラ”の名称が冠されたのでした。
SC時代の3.0リッターはシャープさが最も印象的だった記憶があるのですが、カレラの3.2リッターはそれよりパワー感やトルク感の方がはっきりと際立つ印象。今となってはどれほどキッチリとメンテナンスが行われているかが最大の鍵となるのでしょうが、当時は明らかに速さを増した実感があって、強烈に憧れの気持ちを掻き立てられたことは忘れられません。
嶋田智之の、この個体ここに注目! |
こちらで御紹介する911カレラは、1985年式のミツワ自動車の正規ディーラーもの。現オーナーは2013年に10万9000kmの段階で購入されています。
この個体の最大の特徴は、エンジンが217psの日本仕様から231psの本国仕様に換装されていることと、現オーナーが入手してから総額1100万円ほどの費用と熱意を費やして抜群のコンディションを保ち続けてきた、ということでしょう。そして現オーナーが費やしてきたオーバーホールやメンテナンスの詳細は、全て記録が残されています。
その一部を列記してみましょう。あくまでも一部ではあるのですが、それでもチェックしていただくには少々大変かも知れません。けれど、現オーナーの熱意を知っていただくためにもぜひとも御覧いただきたいと思います。
まず2014年、オーナーには全く非のない理由でオリジナルのエンジンがブローしてしまったため、911カレラの本当の実力を味わいたいという気持ちもあり、本国仕様に換装。そして2017年、15万km時にそのエンジンとトランスミッションを空冷ポルシェの名手と呼ばれるメカニックの手でオーバーホールと重整備を受けています。
◎エンジン
クランクケース分割、2番ピストンリング交換。スタッドボルト12本交換、ヘッドセンサー交換。フルロードコンタクト交換。スロットルレバー交換。ヘッド加工。バルブシート交換。バルブ12本交換。バルブ当たり調整。バルブガイド新品で打ち直し。インマニ下フュエルライン3本交換。キャタライザー交換。フュエルダンパー交換。オイルフィルター交換。オイルプレッシャースイッチ交換。アースケーブル交換。プラグをボッシュWR7DCに6本交換。
◎トランスミッション
1速&2速ギア・シンクロナイザー交換。ドレンプラグ交換。ピニオンシャフトベアリング。バックスイッチ交換。デフサイドフランジ、バックラッシュ調整。
◎その他
クラッチ・オーバーホール。足周りのリセッティング(車高調整、簡易アライメント調整)。左ハーフシャフト・オーバーホール一式。サンルーフ修理一式(サンルーフ脱着、ストリップ交換一式)。
またそれ以前、2015年にも老舗中の老舗といわれるポルシェ専門店で重整備を受けています。
ブレーキ・オーバーホール(ディスク、ローター、キャリパー、ブレーキホース、ブレーキセンサーを純正品で交換)。オイルライン(フロントオイルクーラー、サーモハウジング、オイルホース)を全て純正品で交換。マフラー触媒を社外品に交換(純正品あり)。ステアリング革巻きなおし。ウェザーストリップ交換。スピードセンサー交換。クーラーコンデンサーファン交換。純正プラグコード交換。イグニッションコイル交換。
最近では2018年に前後ブレーキパッドをフェロードに交換、2019年にタイヤ4本をピレリPゼロ・ロッソに交換、同じく2019年に千葉ガレージのレストレーションフィニッシュを施行、リアシート固定用革ベルトを純正新品に交換、エアコンのコンプレッサーとベルト交換、左右サンバイザーを新品に交換。実に様々なところに手が入れられています。繰り返しますが、上記はあくまでも一部、なのです。
その甲斐あって、機関は絶好調。エンジンは雑味の全くない極めてクリアな空冷サウンドを奏で、回り方もビックリするくらいに滑らかで、力もあります。ミッションは“蜂蜜をスプーンで掻き回す感触”などと評されることのあるポルシェ・シンクロのタイプ915とは思えないくらいにカッチリと小気味よく決まります。仕事柄、これまで何台もの同世代のカレラに試乗させていただいてきましたが、この個体の好調ぶりは飛び抜けてるといっていいほどでした。現オーナーの“本国仕様の工場出荷時のコンディションを保ちたいと思って手をかけてきた”という言葉が、そのままリアルに感じられるのです。
だから内外装もオリジナルのまま。車高も標準のまま。ノーマルと異なるのは、2016年に組み込まれたOS技研製のLSDぐらいなもの、でしょう。
外装ではよく見ればフロント周りに跳ね石による小傷が見られますが、ほとんどのところがレストレーションフィニッシュによって丁寧に補修されていますし、同様にヘッドランプもレンズが綺麗に磨き込まれているためLEDよりも明るいくらい。もちろん凹みもなければ塗装の色褪せもありません。ひと目で内装ではシートに擦れはありますが年式を考えれば状態は良好といえるレベルですし、全体的には抜群に綺麗な状態です。あえてマイナスポイントを探すとしたら、リアシートの左側のシートベルトが欠品していることとクーラーのガスが入っていないということぐらい。
車体はもちろん修復歴なし、ペイントも新車時からのオリジナルのまま。ミツワ自動車の新車保証の書類もあれば、きっちりとファイリングされた現オーナーによる整備履歴も全て揃っています。前述のとおりエンジンは換装されているのでナンバーマッチングはしていませんし、単純に走行距離の数値だけを見れば取材時に17万4000kmを越えていますから、そうしたところにこだわる人には向いているとはいえませんが、空冷ポルシェのプロ中のプロの手でちょっとあり得ないくらいのメンテナンスを受け続けてきていて、まるで新車時かそれ以上の好調ぶりをキープしているのも、また確かなのです。
ビッグ・バンパー時代の911の楽しさと気持ちよさを堪能するには、これほど最適な個体はまずないんじゃないか? と思わされたのでした。
年式 | 1985年 |
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初年度 | 1985年7月 |
排気量 | 3,164cc |
走行距離 | 174,265km |
ミッション | 5MT |
ハンドル | 左 |
カラー | グランプリホワイト |
シャーシーNo | WPOZZZ91ZFS109653 |
エンジンNo | |
車検 | 2021年8月 |
出品地域 | 千葉県 |
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