アルピーヌA110というスポーツカーはいったいどんなクルマなのか。そんなこと、いまさら説明する必要なんてないかも知れませんね。全長が日本のスモールハッチバックくらいで横幅が軽自動車よりわずか数センチ広いだけの小さなスポーツカーが残した功績は歴史的に見てもあまりにも偉大だし、ましてや僕たちの心に刻み込まれてきた印象の強さと深さにいたっては計り知れないくらい大きい、と感じるからです。
今は亡きジャン・レデレというアルピーヌの創設者にしてA110の生みの親は、もともとは僕たちと同じようなひとりのクルマ好きでした。ガレージを営む父親のもとで育ち、ルノーに職を得た後に生まれ育ったディエップの街でルノーの販売店を開業。仕事をしながらルノー4CVに改造を加え、手を入れては公道レースやラリーなどを走り……と、絵に描いたようなクルマ好きの生き方していた彼にとって、山道を走る楽しさへの想いを込めた“アルピーヌ”という社名のファクトリーを1955年に設立したのは、自然な流れだったのだろうと思います。
アルピーヌの最初の市販車となったA106ミッレミリアは、ほんの少し手を入れれば競技を走って立派に戦えるようなスポーツカーでした。その後継であり、A610まで延々と受け継がれることになる大径丸鋼管を柱にするバックボーンフレームを最初に採用することになったA108もそうでした。それを基礎にして開発されたA110も、御存知のとおりです。それぞれカブリオレも用意されましたし、4人乗り(というか2+2)が用意されたモデルもありました。その後にはグランツーリスモ色の強いA310、GTA(日本名=V6ターボ)、A610と続きます。
が、レデレが心から作りたいと思って作ったのは、A110までじゃなかったか? と個人的には想像しています。A310以降のアルピーヌも魅力的だし乗れば楽しいモデルばかりですが、レデレはドライバー出身といってもいい経営者。競技と密接な関係にあるクルマこそが、自身の欲するものだったと推察できるからです。もちろん根強い人気が続いてたからということもあのるでしょうが、ニューモデルであるA310を1971年にデビューさせて以降も1963年デビューという古いA110を作り続け、1977年の生産中止の翌年になってからルノー傘下となっていた会社を辞めたのも、そこに関係してたりするんじゃないかな? なんて想像までしてしまいます。
いずれにせよA110は、レデレの意志から生まれ、鋼管バックボーンフレームとFRPボディによる軽量な車体とトラクション抜群のRRレイアウトというレデレの方程式に沿って作り上げられ、レデレの望んだとおりモータースポーツで大活躍を収めたスポーツカーであることは間違いありません。とりわけラリーの分野では猛威を奮ったという表現をしても苦情など飛んでこないだろうほど。1973年に世界ラリー選手権の初代王座を勝ち取っていることはあまりに有名ですが、各国の国内戦や地方選なども含めたら、いったいいくつの勝ち星をもぎ取ったことか。それは想像すらつかないレベルだと思うのです。
そうしたA110の中のひとつの白眉といえるのは、競技を戦うために開発され市販された、グループ4ヴァージョンでしょう。当時の外誌のテクニカルデータによればスタンダードの1600Sの車重は燃料を満タンにしていつでも走り出せる状態で820kgとされていましたが、グループ4ヴァージョンでは仕様によって異なるのでしょうけど、ボディのFRPのプライ数を減らしたり内装のトリムを省くなどすることで、さらに50〜100kgほど軽量化が施されていました。1973年からラリーの規定が変わり1.8リッターへと排気量が上げられたエンジンでは、パワーはスタンダードな1600Sと比較して40psも高い178psへ。そのあたりだけ見ても、パフォーマンスが大幅に向上してたことは容易に想像できるはずです。そしてそれがWRCにおける戴冠に大きく貢献したことは、日を見るより明らかです。
皆さんも大きくまくれ上がって横に張り出したフレア・フェンダー、あるいは派手に膨れ上がったバルーン・フェンダーのコンペティションA110の写真や動画を見て、気持ちが高ぶったことが一度や二度はあることでしょう。グループ4ヴァージョンのA110は、レデレが作りたかったコンペティション・スポーツカーの最終進化形にして最強モデル。興奮せずにはいられないのです。
嶋田智之の、この個体ここに注目! |
今回ここで御紹介するクルマは、そのグループ4ヴァージョンのレプリカです。かつてフランスでアルピーヌのスペシャルショップとして活動していたVECレーシングが1970年式の1600Sをベースに作り上げた個体で、ショップのデモカーとしてオーベルニュ地方を中心とする様々なイベントなどを走っていたようです。その出来映えは現地でも評価が高かったようで、AUTO PASSIONという雑誌のアルピーヌを題材にしたムック本の中でも数ページにわたって紹介されていました。1990年代半ば頃にわが国の著名なアルピーヌのスペシャリストがVECレーシングに赴き、実車を確認して購入。以来、ずっと日本に生息しています。
日本に来てからもそう大きく仕様を変えることはなく、小さな改良やマメなメンテナンスは受けてはいるものの、基本はVECレーシングが完成させた状態を維持しているようです。日本では二人目となる現在のオーナーは2016年にこのクルマを購入されましたが、それ以降はフライホイールカバーを装着したこと、前後ふたつの燃料タンクのうち機能させてなかったフロント側も使えるようにしたことくらいで、ほとんど購入時のままなのだそうです。
さすがはアルピーヌ専門ショップが自らのデモカーとして作り上げただけあって、確かに出来映えは見事です。バルーン・フェンダーとされたボディのシルエットやラインに乱れがないのももちろんですが、室内に組まれたロールバーや競技用サイドブレーキ、EFA602フルハーネス、マップランプ、ハルダのトリップマスターやブレゲの航空機用タイマー、そして熱線入りフロントガラスなどなど、そのまま実戦にも撃って出られそうな仕様。手に入る限りの当時モノの優れたパーツを選んで集めて組み込んでいる印象で、中には今や極めて入手困難かつ高価なものもありました。
大型ブレーキキャリパー、クイックステアリングラック、補強付きロアウイッシュボーン、強化型ビルシュタイン製ダンパー、364ギアボックス、エンジン振れ止めステー、競技車用リザーバータンク、銅製ラジエター、フロントオイルクーラー、ブレーキバランサー、グループ4用バケットシートなどなど、モディファイされてる部分を並べはじめたらキリがありません。
オドメーターは14375kmを示していますが、これがいつの時代からの走行距離なのかは不明。現在、ハザードランプが点かず、燃料計が動いたり動かなかったり。下側のフォグランプも点きませんが、それは購入した時点ですでに配線がカットされていたから。逆にいえば不具合らしい不具合はその程度です。
購入時からフロント周りやフェンダーに跳ね石による微かなキズが見られたり、前後のウエザーストリップに急を要するほどではない劣化が見受けられたり、フロントバンパーの塗装にごくごく軽いFRPボディ特有のクラックが入っていたりはしますが、クルマの佇まいにはヤレてるような感じはなく、全体的にビシッとしている印象です。室内もエンジンルームも、とても綺麗な状態です。“おそらくノーマル”というエンジンも、デヴィル製エキゾーストから聞こえてくるアイドリングの音も吹け上がりの様子も快調そうで、むずがってるような気配はどこにもありません。
オーナーさんはこの6年の間、“ときどき峠に行って楽しんだことがあったくらいで、ほとんど乗ってないに等しいです。でも、軽いからということもあるけど、めちゃめちゃ速いですよ”とのこと。近頃はますます乗る機会が減ってしまい、手元にあってもいいんだけど可愛がってくれる人がいるなら売却してもいいか、と考えたのだそうです。
フルオリジナルではありませんし、とにかくしっかり走れる仕様になっています。A110も今ではコレクタブルカーの仲間入りをして久しいですが、持ち前の速さ、楽しさをたっぷり堪能するのにふさわしい個体がここにあります。コレクションとしてしまい込み迫力のあるスタイリングを鑑賞して楽しむのもいいですが、できることなら峠の戦闘機ともいうべき痛快なパフォーマンスを、その軽さを、ハンドリングを、トラクションを、思い切り楽しんでいただけるといいな、と個人的には感じています。
年式 | 1970年 |
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初年度 | 1996年9月 |
排気量 | 1,565cc |
走行距離 | |
ミッション | 5MT |
ハンドル | 左 |
カラー | イエロー×ホワイト×レッド |
シャーシーNo | A110VC16580 |
エンジンNo | |
車検 | 2024年2月 |
出品地域 | 神奈川県 |
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