イタリアのクーペっていいな、と思えてなりません。一発で目が奪われる鮮やかな姿をしたクルマもあれば、抑えの効いた大人っぽい装いのクルマもありますが、それらのいずれもが心を惹きつけるような“華”を持っているからです。デザイナーの力量の確かさだとか関わった人達のセンスの絶妙さだとか、言葉にしてしまうとちょっと陳腐ですが、でもそういうことなのでしょう。玄関を出たら5分で当たり前に芸術作品や美術作品と出くわすような国に育まれた人達が作るクルマは、やはりひとあじ違います。
このフィアット・ディーノ・クーペも、そうした魅力的なベルリネッタのひとつ。派手さのない穏やかな姿をしていますが、絶妙のバランスに仕立て上げられたプロポーションのよさと声高に主張しすぎてない品のよさが、何ともいえず魅力的です。
それもそのはず。カロッツェリア・ギアに移籍する直前、ベルトーネに在籍していた最後の頃にジョルジェット・ジウジアーロが描いたスケッチを基に作られたのです。フィアットは、いわゆる“ディーノV6”を積む量販スポーツカーを計画する際に、スパイダーはピニンファリーナに、ベルリネッタはベルトーネにデザインを委ね、全く異なるスタイリングを持ったふたつのモデルを作り上げたのです。シンプルに言い表すならば、抑揚の強いディーノ・スパイダーに対して端正なディーノ・クーペ。いい時代でした。
フィアットのスポーツカーにディーノV6、つまりフェラーリの設計・開発によるエンジンが搭載されることになったのは、明確な物語がありました。当時のフェラーリはディーノV6ユニットをF2レースで戦わせたかったのですが、12ヶ月以内に同型のエンジンを積んだ市販車を500台以上生産しなければならないというレギュレーションに直面していました。小規模メーカーゆえ、生産能力がなかったのです。そこに手を差し伸べたのが、フィアットでした。タイミングとしては、まだフィアットの傘下に収まる以前、フェラーリがフォードの買収をはねつけた頃。その交渉決裂には、当時のフィアットのトップであり、フェラーリの愛好家でもあったジャンニ・アニェッリの“フェラーリの経営権を海外の企業に渡したくない”という意向が影響していたとも言われていますが、その辺りはまた別の話。ここではフィアットとフェラーリが手を組んだことがくっきりと歴史に残っている初めての出来事、というに留めておきましょう。
ともあれ、エンツォ・フェラーリの長男であるアルフレードのニックネームを冠した65度V6ユニットを積んだフィアット製のスポーツカーは、まずは1966年のトリノ・ショーでスパイダーが発表され、その5ヶ月後、1967年のジュネーヴ・ショーでクーペが発表されました。
2シーターのスパイダーに対して、クーペはホイールベースを270mm伸ばした2+2。インテリアのトリムなどもクーペの方が上質にして豪華。グランツーリスモ的なしつらえがなされていました。が、基本的なメカニズムはほぼ共通。搭載エンジンもボアがφ86mm、ストロークが57mmのアルミ製1986.6ccで、160ps/7200rpm、163Nm/6000rpmのスペックも一緒です。
そして1969年、フィアット・ディーノに比較的大掛かりな改良が加えられました。最も大きかったのはエンジンの排気量拡大。エンジン・ブロックは鋳鉄製へと変更されて、ボアがφ92.5mm、ストロークが60mmの2418ccで、180ps/6600rpmに216Nm/4600rpmと、主として日常領域での扱いやすさを膨らませたチューニングがなされていました。2リッターははっきりと高回転型で街乗りでの扱いにくさが指摘されたりもしましたが、F2レースのためのホモロゲーションを満たすことができたため、排気量を拡大してバランスを取ったということなのでしょう。
また同時にリジッドアクスルだったリアのサスペンションがストラットとコイルの独立式へと変更され、操縦性や乗り心地も向上しています。4輪ディスクのブレーキもディスクやキャリパーのサイズアップが行われ、ストッピングパワーも増しています。クーペのみダッシュボードのデザインが変更され、シートもヘッドレスト付きで布張りの新しいものが採用されました。グランツーリスモとしての完成度が高められたのです。
フィアット・ディーノは1973年までに7803台が生産されました。その内訳は、2000のスパイダーが1163台、クーペが3670台、2400のスパイダーが420台、クーペが2550台とされています。商業的には成功したといいがたいフィアット・ディーノですが、その分だけ希少価値は高く、市場にもなかなか姿を現しません。近頃では本来の魅力を見直す動きがはっきりと見えていて、人気も上昇しているのですが、なかなか手に入れにくい1台となっています。
嶋田智之の、この個体ここに注目! |
今回こちらで御紹介するのは、1971年式のディーノ・クーペ2400。フィアット・ディーノは1969年の年末まではデザインを担当したカロッツェリアがそれぞれボディを作り、フィアットがトリノで組み立ててたのですが、それ以降はマラネロにあるフェラーリの生産ラインで246GTと一緒に組み立てられていました。こちらはマラネロ産、ということになりますね。
現オーナーが購入されたのは、2017年の11月。当初は不調だったため、メカニカルな部分に一通り手を入れ直し、調子を取り戻して現在に至ります。が、他にもクルマを所有されてることもあって走行距離は伸びず、調子を保つためにときどき走らせる程度という状況が続きました。昨年からはコロナ禍もあって、遠出もできませんでした。タワー式のガレージの中で眠っていることがさらに多くなってしまい、売却を決意されたようです。ちなみに取材時の距離計は4万5665km。現オーナーは数千km程度しか走ることができなかったとのことですが、総走行距離の数値が新車時からのものであるかどうかは不明、だそうです。
ただし実車を拝見する限り、部分的に補修されてる箇所はあるのかも知れませんが、基本的にはレストアのような大掛かりは手は入れられていない様子。リアシート周りに新車時のビニールが残っている辺りからも、歴代のオーナーに大切に保管されてきた車両であることが覗えます。
そうした個体ですから、さすがにコンクールコンディションというわけにはいきません。外装には、例えばフロントバンパーに小さな凹み、右リアフェンダーのツメの部分にサビの浮き、リアバンパーの下側奥に軽い凹み、それ以外にも小さな傷や塗装のはげ、浮きなどが見受けられます。けれど、チェックできる部分には目立ったダメージは見られません。
またインテリアも然りで、ステアリングのホーンボタンに割れがあったり時計の浮きがあったり、スイッチのビスが打たれている周辺に亀裂があったりはしますが、ダッシュボードにもウッドパネルにも割れやヒビはなく、リアシートに至っては使用感がほとんどない状態。
外装も内装も、現オーナーが購入したときの、そのままの状態。レストアされていないのだとしたら、年式を考えるとかなり良好なコンディションといっていいでしょう。走るのに重要なパートには手を入れてるということですが、エンジンは極めて軽やかに回り、ディーノV6特有のサウンドを聴かせてくれます。
現状のまま抑えの効いた美しいルックスと快いディーノV6を楽しむのもいいでしょう。パリッと仕上げて永久保存車両にするのもいいでしょう。そのどちらかを選ぶのは、次のオーナーであるあなたに委ねられるのです。とりわけ日本では個体の数が極めて限られるフィアット・ディーノ・クーペ。手に入れるチャンスは、そうあるものではありません。
年式 | 1971年 |
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初年度 | 2015年5月 |
排気量 | 2,418cc |
走行距離 | |
ミッション | 5MT |
ハンドル | 左 |
カラー | シルバー |
シャーシーNo | 135BC0005578 |
エンジンNo | |
車検 | 2022年4月 |
出品地域 | 東京都 |
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