“メルズ・ドライブイン”に集う60年代ティーンエージャーたちの青い一夜をロックミュージックとともに描いたフランシス・コッポラ製作、ジョージ・ルーカス“新人”監督の『アメリカン・グラフィティ』(カリフォルニア州モデスタという設定だが実際のロケ地は同州ペタルマ)。
70年代のアメリカを代表する名作で、アメリカの若者たちのピュアで豊かな日常生活ぶりに日本の若者もたちまち熱狂したものでした。なかでもリチャード・ドレイファス演じる主人公カートが白いサンダーバードを駆るブロンド美人に一目惚れするシーンなどは、エンディングの切ない残像とともに多くのクルマ好きをも魅了したのです。
フォード・サンダーバードといえば、もうひとつ映画界との深い関わりがありました。かのマリリン・モンローが亡くなる直前に所有していたのもまた、真っ黒のサンダーバードでした。
面白いことにいずれのサンダーバードも1956年式。それゆえ日本ではこの年式のサンダーバードが最も好まれるという傾向があるのかも知れません。
とはいえ初代フォード・サンダーバードは1955年からわずか三年間、生産されたのみ。当時のアメリカ車にはなかったスポーツカーという分野にGMがシボレー・コルベット(C1)でいち早く切り込むと、マーケットの反応が思いのほか鈍いとみるや、ライバルのフォードは2シーターながらピュアスポーツカーではなくスペシャリティカーで対抗しようと考えます。ことごとくコルベットの戦略を逆手に取って開発されたのがサンダーバードだったと言えます。
コルベットが新世代の素材FRPボディパネルで苦労し、6気筒エンジンで不興を買っていることを尻目に、手慣れたスチールボディで292cu:in(およそ4.8l)V8エンジンを積んだコンパクトなオープンカーのサンダーバードは大人気を博しました。スポーティなスタイルはもとより、数々の快適装備もまた人気の要因だったのでしょう。
翌年56年には早くもマイナーチェンジ。312cu:in(5.2l)エンジンをオプションに加え、ハードルーフは斜後方視界を確保する“ポートホール”仕様となり、またトランクスペースを稼ぐためにスペアタイヤをボディ後端に置く“コンチネンタル”スタイルとしたのが56年式の特徴です。
57年式となると顔つきがいっそう豪華になり、テールフィンも目に見えて長く延びて、スーパーチャージャー付きのハイパワー仕様(かなりレアですが)が追加されるなど、高性能をよりアピールするモデルへと進化します。リアのスペアタイヤは再びトランク内へと戻されました。
生産台数は、55年式が16155台、56年式15631台、そして57年式21380台、の併せて53166台で、C1コルベットとは二桁オーダーの違う台数を販売しています。
この後、サンダーバードはより大きなマーケットを取り込むべく4シーター化されました。特に60年代半ばにはマスタングがパーソナルスペシャリティの座を引き継ぎ、サンダーバードは四座の大型ラグジュアリィカーへと変身します。ファミリー層をも強く意識した進化だったと言われています。
それゆえ、唯一コンパクトなボディをまとった初代を表して「スモールバーズ」、もしくは初代の栄光を讃えて「クラシックバーズ」と、アメリカのマニアは呼んでいます。日本では「ベイビーサンダー」の異名が好んで使われているようです。
西川淳の、この個体ここに注目! |
日本人好みの、そしてスモールバーズ好きのあこがれ、1956年式フォード・サンダーバードの登場です。
現オーナーは新旧問わずクルマやバイクに乗ることが大好きな趣味人で、気に入ったモノなら何でも買って乗ってみたくなるのだそう。アメリカ車でも、英国車でも、イタリア車もフランス車も、乗ってみたいと思ったら実行に移す。いわゆる“コレクターさん”ではありません。買ったクルマやバイクは乗ってナンボ。気に入ったクルマやバイクをとことん楽しめるようにとことん仕上げては2、3年で乗り換える、という夢のようなライフスタイルを何十年も続けてこられました。
このサンダーバードとの出会いは3年ほど前。馴染みのクラシックカーショップに入庫したのを見てヒトメボレ。もちろん、映画『アメリカン・グラフィティ』の残像もあって、乗りこなしてみたい!と思ったのだそう。
天気のいい日に乗りたいとなったらいつでも快調にガレーヂから出発してくれる。どんなクルマであっても、たとえ戦前車であったとしても、そういうコンディションを保つことが現オーナーのポリシーです。このサンダーバードも熱対策を中心に実用モディファイが徹底的に施されているようです。
とはいえ見た目にはほとんどオリジナルを保っている。そこが大事。56年式の特徴であるリアバンパー兼マフラーは前のオーナーが別出し方式に変更したもの。オリジナル方式のままではバンパーの汚れがひどくなってしまうので、56年式では定番のモディファイではあります。
ボンネットフードを開けると、現オーナーがいかに熱対策に苦心され克服されてきたかが如実に分かります。特にパーコレーション対策が念入りに施されています。たとえば、燃料パイプの取り回しを熱の影響の少ない経路へと変更、プレートのアシを噛ませてギリギリまで高く設置したC1用エーデルブロックキャブレターに換装、さらに定番のラジエターコア増しに整流の工夫も施し、MSDを装着、といった具合。
そのほか、たとえばワイパー作動をバキューム方式からモーター方式に変更したり、ヘッドライトを明るいものへと換装したり、と、実用的なモディファイが随所に施されました。次オーナーは安心してサンダーバードを楽しめることでしょう。
もちろんオリジナルパーツも全て揃っていますので、元に戻すことも可能だそう。しばらく存分に楽しんでからフルオリジナルに戻す。そんなお楽しみもあるというわけです。
全体的に素晴らしい状態です。とはいえミントコンディション、というわけではありません。ボディには小傷もありますし、メッキ類も鏡のように光っているわけじゃない。内装にも傷みは見受けられます。けれどもそんなことがまるで気にならないくらいにクルマそのものが“カッチリ”“しゃっきり”しています。こればかりは実物を見てもらわないと分からない感覚ですが、要するにパワートレーンやシャシーがちゃんとしたクラシックカーは、そう見えるもの。小傷があるのも現オーナーがしっかり走らせていたことの証拠ですから!
そうそう、フルオリジナルに戻すといえば、この個体、車台番号から類推するに、312cu:inエンジンを積んだ、黒(レイブン・ブラック)が元色のようです(車検証上では4800cc、つまり292cu:inとなっています)。内装はおそらくこの状態がオリジナル。ポートホール付きのハードトップ(現在は赤です)も含めて、カラスのようなオリジナルの黒に戻してやるという手もあります。そう、マリリン・モンローが愛したサンダーバードのように。
35度を超える酷暑の最中の取材。決してクラシックカー向きの環境ではありませんでしたが、サンダーバードのエンジンは一発で目覚め、快調に走っていました。この日ばかりは漆黒のボディよりも目映いばかりのホワイトのほうが良いとは思いましたが……。
年式 | 1956年 |
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初年度 | 1996年9月 |
排気量 | 4,800cc |
走行距離 | 98,800km |
ミッション | 3AT |
ハンドル | 左 |
カラー | 白 |
シャーシーNo | P6FH158687 |
エンジンNo | |
車検 | 2021年3月 |
出品地域 | 愛知県 |
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