レーシングカーさながら、自動ジャッキで車体を持ち上げ、ガソリンを入れて暖気運転をしばらく。2速でミッションオイルが8~90度に暖まるまで回す。徐々に内圧を上げていくという、レーシングカーエンジンそのものの気遣いが必要だ。なんせミドに積まれているのは、タイプ935という正真正銘のポルシェレーシングエンジンだ。スタートボタンを押して即走る、最新のスーパーカーとは大きく異なる。
まずはオウナーM氏の隣に乗り込んだ。いやはや、コクピットへ身体を入れること自体が大変!しかも、本来はシングルシーターなはずで、そこにムリヤリ小さな助手席をつけているから、メタボな身体もムリヤリ隙間に押し込めなければならない。
ひと苦労で汗をかき、座り込んでみれば、これが意外にハマった感があって、快適だ。狭いところの方がかえって落ち着く、という感覚に近い。Mさんと“そで触れ合う仲、ってのもオツ”、とはいえおそらく、外から見た二人の景色は、たいそう暑苦しかったはずだ。真夏だったし…。
エアコンが利く、のだった。なるほど、インテリアもアルカンタラで覆われていて、レース的な仕事場コクピットの雰囲気とはほど遠く、ラグジュアリィにさえ思える。よくできたインテリアだ。
とはいえ、計器類の収まった小さなダッシュボードとハンドルまわりはほとんどレーシングカーそのもので、隣に座っていても得も言えぬ緊張感がある。何やらこれから違法行為をおおっぴらにしでかすような、そんなどこか逃げ出したい気分もあって、スーパーカーにもない独特の雰囲気だ。これが公道でレーシングカーを走らせること、なんだと思う。ちゃんと保安基準を通っているし、ナンバーも付いているのだけれど、何となく悪い気がするというか…。
オウナーも、“なるべく大人しく行きましょうね”と言うが、この出で立ちで大人しいもへったくれもあるまいて…。いやはや、えらいことになってきた!
小さなフラップドアを閉め、いよいよ密閉された空間のなか、ノイズと振動にまみれながら、我々は私有地から公道へと躍り出た。ガレーヂから出て行くだけで、これほどドギマギする経験もまた、レーシングカー・オン・ザ・一般道ならでは。ボクは過去に何度か、同じような経験をしているとはいえ、やっぱりキョロキョロと周りに目を巡らせてしまった。どうか誰も見てませんように、って別に見られてもいいんだけれど!
地べたを這うように、とは正にこのことを言う。これに比べれば、最新ランボルギーニもカローラだ。前後左右の振動が、おそらく道のかすかな凸凹に沿って忠実に身体へと再現されるから、より近く感じる。視線の先も、本当に低い。まるでラジコンカーの車載カメラを見ている気分。
けれども、意外に乗り心地は悪くない。いや、そりゃ、がたがたいってはいるけれども、すぐに降りたくなるというほどじゃない。これには驚いた。昔、ディアブロSVR(ワンメイクレース用車両)に乗ったことがあるけれども、(生産車ベースの)あれに比べてもずっとラク。少なくとも、クルマがバラバラになるんじゃないか、と思うような振動の類は皆無だ。クルマがよほどしっかりとできているということなのだろう。カーボンモノコックシャシーさまさま、というわけか。
あたりを一周する。行き交うクルマや人々が、まじで驚いている。口を開けて驚いている。ただ唖然としている。一度こちらを向いた視線が、もう一度鋭く戻ってくる。いま見た光景がまるで信じられないとでも言うように。そりゃそうだ。ロスマンズカラーのレーシングカーがフツウの道を走っている。にわかには信じ難いシーンであろう。