Writer & Photographer
1965年生まれ
・自動車ライター、クルマ文化研究家
・趣味と実用に分けた自動車評論が基本スタンス。
・ただ単に使って便利だとか乗って楽しいとかでクルマを表現するのではなく、あらゆる意味で生活の上等なパートナーとなりうるのかどうかを起点に評価を続ける。
・クルマ文化やクルマ哲学の追求が最大のテーマ。そのために産業論、文明論、経済論、社会科学論の立場からも自動車産業を俯瞰してウォッチする。
1972年生まれ
国際派モータージャーナリストとして専門誌やweb、男性誌などへ寄稿するほか、ラジオ、テレビ番組への出演、講演など様々な舞台で活動する。
著書に『2020年版 間違いだらけのクルマ選び』。2019年よりYouTubeチャンネル「RIDE NOW -Smart Mobility Review-」を立ち上げた。
最新のクルマ、技術を精力的に取材する一方、個人ではヤングタイマー4台を所有する。2019-2020 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
1964年生まれ
クルマを楽しみ尽くすためのバイブル的自動車雑誌『Tipo』の編集長を長く務めて不動の地位へと押し上げ、スーパーカー雑誌の『ROSSO』やフェラーリ専門誌『Scuderia』の総編集長を歴任した後に独立。クルマとヒトを柱に据え、2011年からフリーランスのライター、エディターとして活動を開始。自動車専門誌、一般誌、Webなどに寄稿するとともに、イベントやラジオ番組などではトークのゲストとして、クルマの楽しさを、ときにマニアックに、ときに解りやすく語る。
走らせたことのある車種の豊富さでは自動車メディア業界でも屈指の存在であり、また欧州を中心とした海外取材の経験も豊富。勢いでエンツォ・フェラーリが生前に愛用していた紫色のインクについて地道に調査して本数限定ながら再生産に結びつけるなど、クルマ好きが喜ぶ企画を動かすのも好き。
無類のモータースポーツ好きでもあり、過去には自らドライバーとしてレースに参戦していたこともあるが、闘争本能に欠けることに気づいて数年で引退。ただし造詣は深く、プロドライバーやチーム関係者など、レース業界にも広い交友関係を持っている。
日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
1968年、東京都生まれ
1989年東京写真専門学校卒業して(有)スタジオ・ラッシュライフ勤務
主に車の撮影や貴金属、食品や建築など。
2002年よりフリーランス活動を開始。
自動車雑誌や自動車web媒体、広告など撮影。
他に建築写真や食品写真を撮影しています。
1969年、大阪府生まれ
中学生の頃に一眼レフを手にし、高校卒業後、写真専門学校に進学。1990年より、新聞社の写真部に3年間勤務。事件やスポーツ、タレントを中心に撮影。その間、全日本F3000、ツーリングカー選手権などのモータースポーツも数戦撮影。
93年よりフリーランスとして活動開始。スポーツやアスリートのポートレート等を中心に撮影。95年より本格的に自動車の撮影を開始。雑誌やパーツメーカーの広告をメインに、アスリートのポートレート撮影も続けています。
自動車の撮影に際しては、ビンテージカーからチューニングカーまで、車両ごとの個性を最大限に引き出すよう、ボディラインや素材感を美しく見せつつ、細かいディテールまで再現することを常に意識しながら撮影しています。
1968年、 大阪府生まれ
愛車遍歴は120台以上、そのうち新車はたったの2台というUカー・ジャンキー。中古車情報誌「カーセンサー」の編集デスクを務めた後、現在はヴィンテージカー雑誌を中心に寄稿。70~80年代の希少車を眺めながら珈琲が飲めるマニアックなガレージカフェを大阪に構えつつ、自動車雑誌のライター兼カメラマンとして西日本を中心に活動する、永遠の少年的中年男子。
自動車総合誌から輸入車誌、さらには中古車情報誌にワンメイクマガジンと幅広い自動車雑誌の製作に携わってきた27年間の編集人生に別れを告げ、2019年よりフリーランスに。現在は自動車雑誌が集う東京ではなく、地元関西を中心に西日本エリアで地域に根差したエディター/ライターを目指し、奮闘中。長年、国産マニアック専門誌に在籍していたこともあり、国産旧車の造詣が深い。モットーは徹底した現場主義。インターネットでは見えない、得られないリアルを伝えることが読み手の心を捉えることと考え、執筆活動に励んでいる。持ち前の好奇心旺盛な性格から、自動車専門誌、一般誌、Webなどの媒体で活動しつつ、イベント企画、運営なども手掛けている。
大学卒業後、中古車情報誌「カーセンサー」、カーセンサーエッジの編集デスクを経てフリーの編集者兼ライターに。国内および海外での新型車試乗はもとより、自動車関連をはじめさまざまな分野のビジネスマンを取材する機会も多く日経ビジネスなどにも寄稿する。JMS(日本モータースポーツ記者会)所属
1967年、熊本県生まれ。
9歳の時に祖母から譲り受けたカメラで写真を撮り始め、その楽しさに目覚める。大阪写真専門学校卒業後、都内のスタジオや個人写真事務所でアシスタントを務める。その時の師匠から「クルマが好きなら撮ってみたら?」の一声で、女性誌のクルマ連載の撮影を始めることに。1994年に独立してフリーランスとなり、以後自動車専門誌や自動車Web媒体中心に活躍中。
愛車はMR2(SW20)とスバルレヴォーグ。
会社勤めのカメラマンを経て、フリーランスのカメラマンとして活動するようになってからは好きと実益を兼ねて、自動車の撮影にも関わる。 愛車は1931年型Austin Sevenを筆頭に1960年代前後の旧いクルマばかりを所有。日常生活はもちろんのこと、遠方への取材撮影にも使用している。趣味のヒストリックカーレースでは、戦前車から、ツーリングカー、葉巻型フォーミュラーカーまでを経験。余暇の楽しみ方はガレージとして借りている山奥にある廃工場での愛車たちの整備。そうした経験から自動車専門誌や特集記事での執筆も行っている。CARZY取材時には、撮影車両に接していると、その車両が欲しくなってしまうことが目下の悩みだというクルマバカである。
1961年生まれ。
1983年大阪写真専門学校卒業後’85年まで大阪でスタジオカメラマンのアシスタントを務めるが、レースカメラマンを目指しフリーに。半年後車関係の広告代理店にカメラマンとして入社、レースをはじめ車を中心に撮影をする。
‘93年にフリーとなり「吉見写真事務所」としてからは、代理店時代のつながりやサーキットのメディアルームでの付き合いから、車に関してジャンルの垣根なく各編集部からの依頼を受け関西を中心に時には海外ネタの撮影も受ける。
レースに関してはスーパーGT、スーパー耐久を全戦、スーパーフォーミュラは鈴鹿サーキット以西、F1日本GP、ブランパンアジア等を取材撮影。
趣味は自転車。暇な日はロードレーサー・MTBに乗って走り回っています。
‘90年日本レース写真家協会(JRPA)入会。
1957年、東京は神楽坂で生まれ育ち、花街のお姉さん達から世間を学び、高校を2年で早期卒業して写真家・沢渡朔氏に一瞬だけ師事。あまりに元気すぎてその後、氏の弟子さんの預かりとなる。そこでファッションを中心の撮影に携わる。その後ホンダの広告撮影を機にバイクやクルマの撮影にハマる。群れるのが嫌いで、ナントカ写真協会の誘いをことごとく拒否!勝手気ままなカメラマン人生を全う中。現在は長年住んだ東京を離れて35年通った京都で独り暮らし。 最近のクルマのデザインはつまらないので、旧車・人物・建築・料理等の撮影を中心に活動中。