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CARZY MAG
CZMG09

Die Another Day × Aston Martin V12 Vanquish

007 × ボンドカー
words / Jun Nishikawa

発射せよ?!

某月某日。松ちゃん(那須PS ガレージオーナー)からメールが入った。曰く、“面白いクルマのナンバー取れたから今から乗りに来ない?”。元来、尻の軽いボクは、絵文字なんぞ引っ付けて、即座に返事した。
“いくいく〜(^o^)”。
東京のとある駐車場に停まっていたのは、遠目に銀色のヴァンキッシュだった。近寄ってみても、まあまあヴァンキッシュ。ちょっとディメンジョンが違ったような気もするけれど、ヴァンキッシュ以外に見ようとしても、まるで見えない。リアフェンダーの膨らみが足らないか、ルーフの形状がちょっと鈍臭いか、なんてひとり悩んでいると、松ちゃんがやってきて、ひとこと。
「よくできているっしょ?なかなかねえ、うんうん」
うんうん、それは認める。つうか、ヴァンキッシュをよく知らない人が見たら、アストンマーチンをこえて単なる高級スポーツカーだ。すれ違うだけなら、ヴァンキッシュオーナーだって判るまい。
「よくできているんだよなあ。これ、マスタングだよ。ほら、ルーフのラインとかね」
と言いながら、松ちゃんはさっさと偽ヴァンキッシュに乗り込んで、おもむろにエンジンを掛けた。
ドッドッドッドッド。う〜ん、確かにこれは最近のアメ車のV8サウンドだ。よくできたレプリカだなあ、と感心していると、何やらウィーンと機械音が。うわ!グリルから赤いミサイルが!、ひゃっ、フードからマシンガンが!なんてこった、コイツはボンドカーじゃないか…。
「今からこれに乗ってドライブしようよ」
松ちゃんの提案にボクはもちろん即OK。国会議事堂に行ってミサイル出してみようよ、と言うボクに、それだけは勘弁してよと急に肝っ玉が小さくなる松ちゃんだったが、知り合いのクルマ屋さんに行ってみることで小さな合意を得た。そこの社長さんは、ヴァンキッシュ乗り。いっちょ騙して驚かしてみようという魂胆。
東京は六本木通り。渋谷に近い通り沿いに、高級車販売で有名な「NATSUME」(ナツメ)はある。そこに、ヴァンキッシュもどきのボンドカーを乗り付けた。ためしに“ちょっと知り合いが乗っていて、売りたいと言っている”と店のスタッフに言ってみると…。スタッフは「ヴァンキッシュですよね」と何の疑いもなくクルマを検分しはじめた。それほどに、似ているのだ、第一印象は。
では、実際にヴァンキッシュを愛車にしている社長さんはどうだったか…。「どうしたの、これ、へえ、えーっと…」さすがに、社長、難なく異変に気づいたようだ。「ん、なんだこりゃ」としばしクルマの周囲を見渡している。けれども、何となくおかしい、と首を傾げるばかりで、なかなか確信を持ってどこがどう違うとは言い出さない。ボクがじきじきに持って来たというのもあったのだろう。「違うんだよなあ」などと呟きつつ、ふしぎな顔をしてらっしゃる。
「松ちゃん、例の操作、頼みます」
ウィーンウィーン、キューキュー、カシャンカシャン。ノーズから赤いミサイルと、フードから二丁のマシンガンが飛び出るに至って、社長、腹の底から笑い出した。こりゃ今年一番の大笑いだ、と。
松ちゃんとボクは、もちろん大満足である。この笑いは、イコール、クルマのデキに比例したものに違いないからだ。これで、那須PSガレージでの展示もほとんど成功したようなもの。
ふたりは、それこそボンドになった気分で(車内ではあの映画音楽も流れている)、意気揚々と、帰りも至るところでウィーンキューカシャンさせながら、車庫まで戻ったものだった。(帰りも国会経由を主張したが松ちゃんは没収されてしまうと頑に拒否をした)
あれから数ヶ月。久しぶりにこのボンドカーレプリカに乗ってみたが、最初の興奮度が、いささかも弱まっていない。何と言っても、ボンネットからマシンガンが出る瞬間が、何度みても楽しい。赤いミサイルが頭を出す瞬間も、運転しながらカメラで見ることができる。その、非日常シーンがとてつもなく楽しいわけだ。戦争はダメだと知りつつも、ミリタリーにハマってしまう男の性がここにある。
聞けばこのクルマ、中古でヴァンキッシュSが買える以上のコストがかかったという。そんなバカな、だったらヴァンキッシュを買えばいいじゃない、と思うのはフツウのクルマ好き。松ちゃんは、クルマ好きの天主会にいらっしゃるから、考え方が常人離れしている。「いや、オレはね、ヴァンキッシュなんて欲しくなかったんだよ、ボンドカーが欲しかったんだ」
くぅ〜。この台詞にはマジでしびれた。だったらヴァンキッシュを改造してくれ、とはクチが裂けても言えなかった。ただただ、映画のクルマを愛してやまない、しかもがんがん乗りたくってしようがない、松ちゃんの熱情に、うたれた、しびれた、もう降参だ。
はたして、ボンドカーとなったムスタング改ヴァンキッシュ風は、どろどろどろんと、ただフツウのマスタング風の音を発して走りつつ、何のことはない、ミサイルとマシンガンと室内の仕掛けだけで、オイラたちをジェームスボンドに仕立ててしまった。否、ボンドとスパイ稼業とロケットランチャー発射に憧れる、単なる悪ガキに…。
那須の、田んぼに囲まれた農道を、狸か狐か、化けたスパイを追って走るボンドカー。それでも気分は女王陛下の愛したスパイ、なのだった。
※記載されている内容は取材当時のものであり、一部現状とは内容が異なる場合があります。