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Gone in 60 Seconds × ELEANOR

60セカンズ × エレノア
words / Jun Nishikawa

悪女の咆哮

アンジェリーナ(フェラーリマラネロ)、バーバラ(アストンマーチンDB1)、キャロル(キャデラックエスカレード)、ドロシー(M ベンツ300SL)、そしてエレノア(シェルビームスタングGT500)…。
それぞれオンナの名前がつけられた50 台もの世界の名車たちを、弟の命を救うため兄とその仲間たちがひと晩で盗む計画を立てた…、というあの映画のみどころは、ダークグレーのシェルビーマスタングが繰り広げる壮絶なカーチェイスに違いなかったが、クルマ好きには、ストーリーの背景に登場したフェラーリなど珠玉の名車たちの“ちら見せ”シーンがたまらなかった。ポルシェがショールームを突き破って逃走するシーンもまた、衝撃的で…。
主役のメンフィス演じるニコラス・ケイジも、実生活ではたいへんなクルマ好きでもって知られており(フェラーリに乗って買い物にくるシーンを何度もパパラッチされている)、それゆえ、ディテールへのこだわりもハンパがないのだろう。要するに、どのシーンも本物感が満ちていて、日本の映画にありがちな、“どうせ見ている人は判らないのだから古い型でいいじゃないか”的なノリで主人公を旧式のBMWに乗せるような愚は犯さない。もちろん、予算の問題もあるだろうが。それはともかく、映画60 セカンズによって、シェルビーGT500の存在は、マニアック領域から一歩踏み出した。とてもじゃないが、フツウに見えないムスタング。わが青春のムスタングに比べて、見るからに獰猛、凶暴、性悪…。そんなイメージをもった年輩の方も多かったのではないだろうか。
シェルビームスタングとは、永遠のアイドル・ポニーカー、シボレームスタングをベースに、キャロルシェルビーがフォードからの求めに応じてレースベース車両として開発したのが始まり。その後、現代でいえばメルセデスのAMG のような位置づけで、マスタングの高性能バージョンとして人気を博し、現在ではアメリカを中心にコレクターズアイテムとして尊重される存在だ。
なかでも劇中エレノアのベースとされたGT500は67年以降に造られた最強のムスタングである。排気量はなんと7リッターにも及ぶ。
那須PS ガレージに収められている“エレノア”は、68年式のオリジナルボディ&シャシーをベースに、金に糸目を付けずレストアし、劇中車そっくりに仕立てたもの、数々のコンテストで入賞経験もあり、いわゆるエレノアレプリカのなかでも極上の仕上がりをもつ一台だ。ちなみに、劇中車のエレノアもGT500ベースではなく、67 〜68 年式のファストバックを専門業者のCVS が改造したものである。デザインはかのチップ・フース。つまり、エレノアというクルマは実在しない。
エンジンは、フォード351 スポーツマン・レーシングブロックを427C.I.、すなわち7 リッターにスープアップしている。これにトレメックTKO-600 5速ミッションを組み合わせた。そのほか、アシ回りやNOS システムなど、見るからに気合の入った“レベルアップ”が施されている。
まるで新車同然のインテリアに感心しつつ、おもむろにキーを捻ってみると…。ちょっとした地響きをともなって、キャビンを揺さぶるかのように、V8エンジンが目覚めた。いきなり暴力的である。
クルマに触れているカラダの一部を通して、エンジンの鼓動が乗り手の心臓まで同期させようとする。しかも、それはド迫力の不整脈。しだいに息がつまってきて、どうにもこうにもヂッとしてはいられなくなる。そのまま放っておくと、クルマが勝手に走り出しそうだ。いやはや、狂気の沙汰とはこのことで、だんだんとコチラの目つきも三角形になってゆく。
軽くレーシングしてみた。これがまたたまらない。不整脈がいっきに調律され、野太く共鳴しながら、とてつもなくシャープに吹け上がっていく。もうこの段階で、完全にノックアウト。一日中、エンジンを吹かしていたいと思うに至った。地球に優しくなんて、クソくらえ!地球の方が怖いってこと忘れたか、なんて妙な理屈を捏ねながら、何度も何度も、つかれたようにレーシング。幸せだ。
吹かせてナンボ、なんて話で終わるわけにもいかず、たぶん相手に対する畏れだろうか、ちょっと神妙な気分になって、そろそろっと走り出してみれば…。
これがまた、エンジンのブリップそのままに、弾け飛ぶような加速をみせた。すべての操作系は確かに大味だけれども、ドライバーが感じるパフォーマンスは意外にきめ細やかで、乗っていて楽しい。ハンドルの切り始めなど、タイミングの取り方は独特で、現代のクルマとは随分と違うけれども、コツさえ掴めば何とでも思うように走れてしまう。そして、まったくもって周りが見えなくなってゆく。その行為は、まるで理性をなくしたオスとメスである。
ゆけ、エレノア、オレはメンフィスだ…。ダークヒーローの気分は、やはり極上であった。
※記載されている内容は取材当時のものであり、一部現状とは内容が異なる場合があります。